花の飼育
                                   いどのそこ
   

   モモは私が生まれた日に母が貰ってきた。
   ずっと一緒に育ってきたので、モモのいない生活を私は知らない。はじめてのお風呂も、はじめての公園も、はじめてのお使いも、モモが一緒だった。元気な時も調子の悪い時も起きているときも眠っているときもずっと一緒にいる。
  モモは私の最初の友達で、家族で、相棒でもある。
「モモー、そろそろ学校行くよー」
   小さくミャーと鳴いて、モモが足元にすり寄ってくる。モモの身体は、柔らかくすべすべしていて温かい。軽く背中を撫でてやると、気持ちよさそうに腰を下げてぐんと伸びをした。かたつむりに似た瞳のないつるりとした顔が持ち上がり、左右に一本ずつ生えた触覚と短いヒゲを揺らして天井を向く。そのまま首を床と垂直に起こしてぐいぐいと伸びると、普段は私より少し小さいくらいのモモの全長は一回り巨大化して馬型の移動形態になる。
  お気に入りのパーカーの上に赤いランドセルを背負ってひょいと跨ると、たてがみのように生えた触手がふわりと倒れてお尻を支えてくれた。クッションがきいていて座り心地がいい。そのうちの数本は太ももと足首をくるりと巻いて、私が振り落とされないように固定する。   玄関から部屋の奥に向かって「いってきまーす」と呼びかけると、「あーい、いってらっさーい」と気だるげな母の声が返ってきた。研究者の母は朝が弱い。いつもながらの光景に少しだけ肩をすくめると、私はモモの背を撫でた。
「行こ、モモ」
  ふわりとスカートのように広がっているモモの下部のヒダが持ち上がり、その下から何百もの移動用触手がぞろりと覗いた。うぞうぞと地面の上を蠢き歩く姿は、離れたところからだとヒダで触手が隠れて、泳いでいるようにも見える。
  決して早くはない速度で進むモモの背中で揺られながら、私はぼんやりと空を見上げた。住宅街の屋根の間、青く開けた視界の中をチラチラと飛行型のペットが人を乗せて浮遊していた。
                   

                                                




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