僕のジニアス   


<茉莉花>

   

1、
「みんなうるさいくらい天才だ天才だと言うけれど、僕はその天才が何か知らないから教えてよ。」と、その天才は言った。
  君は一つため息をついてぱたんと本を閉じる。頬杖をつく動作をとても優雅に魅せながら。そして僕を見て、線の細い腕とその顔の輪郭からまつげにかけて、そこにある空気を撫でるような仕草でその雰囲気にもたれかけながら、君は僕を見ている。
「天才だって勉強しなくちゃ何も解らないじゃないか。だから天才って、どうやったら天才に辿り着けるかを言うの? それとも何もしないのに生まれた瞬間に見た何かの数式が解ってしまうとか、二つの言語をもうぺらぺらしゃべりまくるだとか、人が何を考えているかを読めてしまうとか、その人の気持ちをその人が言葉にできないうちからスラスラ言葉にできてしまうとか、そういう事を言うの? それとも社会で生きやすいように容姿を美しく保ってそれなりに天才らしく振る舞うこと? へえ、天才って短命なの? じゃあ早くに死んだ人はみんな天才なんだね。」
  そう悪態をつくけれど、君の現実は僕の現実とはほど遠いところにあるのだと僕は知っていた。いや人それぞれ違うのかもしれない。人それぞれみんな別々の隔たったバラバラの世界の中に生きていて、実は現実という名の「社会」や「肉体」を信じ込まされているだけなのかもしれない。そんな事を思ったりした。でもそれもすぐに消えてしまった。
  風と共に。
  その時珍しく君は多少むきになって回答を続けた。
「天才なんていないよ。誰でも本を手に取らなくっちゃそれを読むって事自体を知れないんだし、数字とね、この現実界のモノたちとの関係性が解らないと、数字は何も表していないただの紙の上にできたシミみたいなものだし、例えば逆にその無関係なシミに、ある規則性を見いだしてみたとしても、それがこの現実界で認められなくっちゃいけない訳だし。どうあがいても人間は人間が発見したい事を発見するのさ。だから、天才なんてどうでもいいんだよ。それとも、君は、僕の容姿が天才的だと皮肉っているの。」
「みんなみたいに。」と付け加えた君の視線はどこか傷ついていて、それでいて僕にはよく解らない高貴なプライドをたたえ、机の上に落ちた。校舎の外に見える緑はとても懐かしい感じで、例え同じ景色を眺めても、もうこれからの人生一生ここに戻れはしないだろうと言う懐かしい感じで、天才天才とこだわるがおまえは天才と褒めそやされたいのか天才になりたいのかどっちだと、そんなチェスをやりながらの昔の学友との苦い会話も、こうやってジニアスといると、どうでも良い事に思えて来るのだった。                                                

                                               




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