一輪


<やまだ>

   
  少女は顔を赤らめて、ぼくを好きだと言った。
  夜、もうすっかり暗くなった春の駅で二人、電車を待つ間のことだった。
  まるで映画だ。
  少女……いや、鹿島という名前だった。彼女は女優ほどきれいでないにしろ、若くてかわいいところがあると漠然と思っていた。自分のことははっきりとは言えないが、たぶん似たようなものだろう。映画のような、うまい台本がぼくらにないのが残念だ。
  目をあわせようとしない鹿島を伸長差の数センチ分だけ見下ろして、ぼくは言葉を探しあぐねている。
  彼女は、今日までクラスメイトだった。半日前に卒業式を終えたぼくたちは、夕方からクラス全員でささやかなお別れのパーティーをした。
  たぶん、クラスの大半は鹿島の気持ちを知っていたんだろう。不自然だと思ったのだ。ぼくは彼女とほとんど話をしたこともないのに、ぼくに少し早く帰らなければならないという鹿島を駅まで送って行けと言うのだから。
  ホームにはぽつぽつと人がいるが、一番外れのベンチに並んで座ったせいで、ぼくらの周りはとても静かだ。
  春の風が吹いている。あたたかいような、つめたいような、背筋のぞくぞくするような感触だ。
  どことははっきり知らないけれど、鹿島はこの片田舎を離れ、都会の大学へ進学すると聞いたと思う。今日、この機会がなければ二度と話をすることもなかっただろう。
  二人で店を出たときにうっすら予感はしていたが、彼女から告白を切り出されたのはそれでも少し意外だった。
  言葉通り、ぼくは彼女のことをほとんど知らない。きっと鹿島もそうだろう。だが、そのはずの彼女が息を呑んでぼくの一挙手一投足に神経を尖らせている。
  不思議な心地だった。女の子に告白をされたのははじめてのことだ。単純だがとてもうれしい。
  何か、言葉で応える必要があった。ぼくは鹿島をどう思っているのだろう。好きでも嫌いでもない、というのが一番正確か。何しろ、知らないんだから。
  鹿島の紺の制服、その胸元に咲く赤い花がふと目に入った。卒業式を前に、今朝配られたものだ。男子は青。女子は赤。
  ぼくは口を開いた。
                                               

                                               




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