キャバ嬢   


<黒白>

   
  背後からがしゃんと大きな音が聞こえ、フローリングの上を氷が滑り、散らばった。
「ちょっと触られたくらいでなんだってんだ! お高くとまってんじゃねぇぞ!」
  それは自分に向けられた言葉なのだろうけど、まともに付き合う気はない。
  振り返ることなくテーブルから距離を取ると、すぐさま仕事仲間が駆け寄ってきた。
「未来さん。控え室でしばらく休んでてください。片づけておきますんで」
「ありがとー。助かるー」
  ジェスチャーを交えてお礼をする。
  お言葉に甘えて、控え室で少し休憩といこう。
  フロアから去る前に、さっきの客をちらりと見る。
  店中のボーイに囲まれて、滑稽な表情を浮かべていた。
  楽しくお酒を飲んでいればいいのに。バカな奴。
  そんな気持ちと……危なかったという気持ちが半々だった。
「お疲れー」
「あ、と……お疲れさまです」
  労いの言葉をかけてくれた同僚に挨拶を返そうとしたが、そこにいたのは同僚ではなく。それどころかこの店の従業員でさえなかった。
  私服姿でソファに座っているのは、この店の元ナンバーワン。雅さんだった。
  控え室に他のキャストの姿はない。
  店が忙しいから。
  というわけではなく、彼女を避けたからだと思う。
「トラブル?」
「ちょっと触り方が強引なお客さんだったので」
「初回荒らしかー。大分勘違いしたこと叫んでたもんねぇ。こっちは仕事で触らせてるんじゃなくてサービスで触らせてやってんだっての」
「サービスでも触らせてあげてる子達には頭が下がります」
「未来ちゃんガード堅いもんねぇ。そこがいいってお客さんもいっぱいいるから、触らせるのが正しいってわけじゃないと思うよ」
「そう、ですか」
「私が言うんだから間違いなし」
  元ナンバーワンの言葉、と思えばあながち間違いではないのだろうけど、いつだって飄々とした態度の彼女の言葉を鵜呑みにする気にはなれなかった。
「今日は何しに来たんですか? また働くんですか?」
「え、未来ちゃんに会う為に決まってるじゃん」
  その言葉が本当なのか、冗談なのか。
「私に、ですか?」
「だって、私とまともに話してくれるの未来ちゃんだけじゃん」
  そうですね。とは口が裂けても言えず。かといって否定すればそれはそれで嫌味になる。
「お互い浮いた者同士親交を深めようと思ってねー」
  ……え?
  浮いてる? 自分が?
  上手くやれてると思ってたんだけど。                                                

                                               




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