うそ

                                        
やまだ
   
 椅子に座って、私は慎重に痛みを確かめる。 
 手首は軽くひねっただけだった。擦り剥いたひざ小僧はひりひりと沁みているけれど、命に関わるような大層なものじゃない。ほんのちょっとしたことだ。十六歳は子どもじゃない。誰一人病院に迎えに来ないなんて当たり前のことだ。
 でも、私は平静じゃない。
 清掃中に二階の窓から植え込みにあえなく落下、しかも背中に誰かの掌の感触つき、と。こうなればいくら怪我の程度が軽くとも、気丈に膨らませていた空元気から空気がすっかり抜けて、ぺしゃんこになってしまうくらいに効くのは当然だ。
 せめてこんな時くらい誰か、家族とか、友達とか。心配をしにやって来てくれたって悪いってことはないんじゃないの。
 振り返る人のない父兄参観や運動会、お弁当のない遠足なんかが走馬灯のように次々脳裏を駆け巡る。まったく、いやな記憶だ。見ないふりでわたしは思考を一端ほどき、顔を上げた。意味の無いことは、するだけ徒労と言うものだ。
 視界の向こうにはガラス越しの緑が溢れていた。消毒された匂いのするこちら側までも、柔らかな春の陽射しに温められている。一方で窓の外の空気は凛と張って、その空気の冷たさが窺い知れるようだ。
 緑の中に点在するのは、芽の膨らみ始めた桜の木々だ。きっと本格的な春が訪れれば、新緑の中にそれこそ咲いたような薄紅色が立ち現れて目を和ませてくれるのだろう。おだやかな風景に、私は少しだけ、緊張が緩むのを感じた。                                                

                                                




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