宝もの
                                  笠原 にわく

   
  星羅ちゃんは調子に乗らない方がいい、星羅は物心がついた頃から母にそう言われ続けてきた。母の顔を思い出す時、その言葉を発し、眉間に皺の寄った憐れみを含んだ表情が浮かんでくる。それは星羅にとっては悪い事ではなく、良い教訓で、貴重な戒めだった。
 
  薄暗い台所で星羅は注意深く鍋を見張っている。鍋の底から泡が次から次へと湧きでてくるのを見計らって、火を止めた。よく空気を含んだお湯をあらかじめ温めておいたティーポットにゆっくりと注ぎ込む。茶葉を多めに入れたため、それは途端にお湯の中で盛大に踊り始め、無色透明が琥珀色へと変わっていく。キッチンタイマーできっちり二分間計り、用意しておいた三つのマグカップの内二つに紅茶を流し入れた。最後の一つには温めた牛乳を入れ、もうしばらく蒸らした紅茶を注いだ。二つの色がまざり合い、複雑なマーブルが出来上がる。星羅は二つの交り合いに幾つもの角砂糖を投入して、スプーンで撹拌した。この紅茶の入れ方は星羅が小学校の時に読んだ絵本にのっていたものだ。ウサギが楽しそうにお茶会をしているのが良くて、なんとなくこの入れ方が一番おいしいように感じる。
  お盆に乗せた三つのマグカップを掲げ、父と母を起こさないようにひっそりと真夜中の廊下を歩く。二階へ上がり一息つくと、星羅の部屋からマイコが顔を出していた。暗闇の中、部屋から漏れ出す淡い光と共にマイコは輝いている。マイコお気に入りの蛍光ピンクのジャージは目に痛い。
「紅茶入れてきたよ」
「待ってたよー。クッキーで口の中がもさもさなんよ」 
  マイコはお盆の上のミルクティーを迷いもなく取り、早速口の中へ流し込む。星羅が言葉をかける隙も与えない。
「あっつ!」
  案の定、マイコは顔をしかめることになった。彼女は後先のことをあまり考えないで行動するため、よくこういう失敗をするが、生来のポジティブシンキングですぐに立ち直ってしまうので、他人を煩わせることがない。今回も、舌は火傷したけどもさもさは無くなったとクッキーを再び頬張っている。星羅はマイコの起きあがりこぼしのような習性を見るのが好きだった。                                                

                                                




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