猫と少女と男子高生
                                   いどのそこ
   

 その一、清水和子は美少女である。 
 放課後の教室。生徒たちが部活動や家路へと散っていく中、俺こと守屋圭吾は頬杖をつきつつ、右斜め前の席で鞄に教科書を詰めているクラスメイトの涼やかな後姿をぼんやりと眺めていた。 
夏服である紺色のセーラー服から細くて白い手足がのぞく。早くも遅くもない手つきで丁寧に荷をまとめると、黒髪が一房さらりとなで肩からこぼれて胸元へと落ちた。彼女はどちらかと言えば背の高い部類のはずだが、猫背と華奢さが手伝って、実際よりも随分と小柄に見える。切れ長の目はやや釣り目でまつ毛が長く、唇はいつもほのかに赤い。痩せた体は不健康にこそ見えないものの、触れるとひんやり冷たそうな印象があって、危うい儚さを持っていた。
 やがて清水が鞄を閉めて腰を浮かせると、一見して彼女とはまるで雰囲気の異なる――いわゆる

ギャル系の――女子二人が駆け寄って愛称を呼んだ。
「ワコ、もう帰るの?」
「うん、今日は図書委員の仕事もないし」
「あたしら部活だから一緒に帰れないけど、変な人には気を付けるんだよ」
「うん。ありがと」 
 清水は素直にうなずくと、クラスメイトに微笑んだ。
 その二、清水和子は謎が多い。 清水は美少女にもかかわらず、クラスの中では大人しく目立たない。決まった相手とつるまない一方で、系統を問わずクラスメイトほとんどの女子と仲がいい一面もあり、名前が和子であることから、専ら『ワコ』という愛称で親しまれている。 
俺の高校では珍しく部活には所属しておらず、図書委員の仕事がある日以外は大抵まっすぐに帰宅している。だからといって付き合いが悪いわけではなく、友人の誘いには積極的にのるらしい、とかなんとかいうので不思議だ。 
 それでいて、私生活は全く見えない。 
ギャル系が何か言ったのか、清水はくすくすと肩を震わせて笑った。別に俺が笑われたわけではないのだが、つい、いたたまれなくて顔をそむける。清水の笑顔は俺を動揺させるには充分な威力を持っている。誰にともなく取り繕ってから視線を戻すと、何も気づいていないらしい無邪気な笑顔につられて自然と口元が緩むのを感じた。                                                

                                                




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